蒼 穹 6
              ロザリアはクラヴィスを謁見の間まで同行すると

             「クラヴィスをお連れいたしました。では、私は失礼いたします。」

              そう言って謁見の間を提出していった。謁見の間で女王陛下と二人              きりになることなど皆無に等しい・・。それなのにどうした事か今日に限              り二人きりになるなんて・・・。

             「お忙しいところ、急にお呼び立てして申し訳ありませんでした・・。」
             「その様な事はありません。陛下、私にその様なお言葉遣いは不要でござ               います」
             「・・・ふふっ」
             「・・・どうなさいました?」
             「いいえ、前に同じことを仰った方がいらっしゃったものですから・・」

              それは、ジュリアスの事だろうとクラヴィスは察していた・・。そして、              その時の事を思い出しているのだろう・・・アンジェリークは憂いに満ちた              表情をしている。

             「陛下、御用件があるとお聞きしたのですが・・・。」
             「えぇ、貴方のサクリアが尽きた時にジュリアス様から頼まれた事を貴方               にと思って・・・」
             「ジュリアスに頼まれた?」
             「えぇ・・・・・」
             「何なのだ?それは・・」

             恐れ多くも女王陛下の前で口調が以前に戻っていることにクラヴィス             は気が付いていない、アンジェリークもそれを別段気にしていない様だ

             「本当は、この頼まれた事自体言ってはいけないと言われていたのですが・・・」

             と何か苦しみに耐える声で喋りだした・・・。『これは、ジュリアス様が             聖地を去る前のことなのですが・・・』と・・・







             それは、ジュリアス様が聖地を去る前の事。アンジェリークはジュリ             アスを謁見の間に呼び出していた。

            「ジュリアス様。今日何でここにお呼びしたんだと思いますか?」

             悪戯を仕掛けた様に嬉しくて楽しくてしょうがないと言う顔をしなが             らアンジェリークは聞いてきた。

            「分からぬ・・・。何かあったのか?」
            「違います。今日はですね、ジュリアス様のお願いを叶えてあげようと思              ってお呼びしたんです!」
            「願だと・・・?」
            「そうですっ。ジュリアス様が聖地を去る前に、お願いを叶えて差し上げ              ようと思って・・・」

             そう言ったアンジェリークは先程の嬉しそうな顔は陰を潜め、今は泣             き出しそうな顔をしていた・・。

            「私の願か?その様なものは無い・・・」
              「いいえ、あるはずですっ。ジュリアス様の為に何かを私にさせて下さい」

             ジュリアスは困ってしまった・・。本当は叶えて欲しい願が3つだけある             が本当の願なんて言えるはずも無い。1つはクラヴィスとずっと一緒に             居たいという事、後の2つは・・・。

            (こんな私的な事をアンジェリークに頼めるはずもない・・・・。)

             ジュリアスは1つのある願が思いつくとそれを自分の願いとして言った。

            「そうだな、アンジェリーク、ロザリア、守護聖そして下界の民が何時ま              でも健やかに暮らせる様・・・」
              「駄目ですっ!!」
            「何故だっ!!」
            「それは、ジュリアス様の本当の願では無いからですっ」

             痛いところを突かれて、思わず言葉に詰まる・・。

            「ジュリアス様、お願いです。御自分の心にある。本当の願を仰ってくだ              さいっ。」
            「だが・・・」

             どうにかその場を取り繕うと考えを巡らせているとアンジェリークの             真摯な瞳に貫かれた・・・。

            (こんなにもアンジェリークは真剣に私の事を考えていてくれるのにその              場をどうにかはぐらかそうだなんて駄目だな・・・。私も心を決めなければ              ならないな・・・)

             そう決意すると意を決したように言った。

            「・・・アンジェリーク、私の願は本当に私的で身勝手な事だ・・・。それでも              良いか・・・」
            「えぇ・・・もちろんです」
            「では・・・私の聖地での記憶を消して欲しい・・・」
            「・・・!?」
            「私の聖地での記憶を全て・・・消して欲しい・・・」

             それが、ジュリアスの願だった・・・。この事を決して誰にも言わない事             がアンジェリークとジュリアスの約束だった・・・・。







            「・・・・何て事だ」

              ジュリアスはアンジェリークとの間で交わされた事の大略を聞いてク            ラヴィスは絶句する・・・。その手は怒り驚きそして悲しみで震えていた・・・。

            「では、ジュリアスは今・・・全てを忘れているのか・・・・」
            「えぇ、聖地の事、私の事、そしてクラヴィス様の事もお忘れになってい              ます・・・」
            「なぜ、ジュリアスはその様な事を・・・」

            自分を待っていると言っていたジュリアスがそんな事をするなんてど            うしても分からない・・・。

            「クラヴィス様とジュリアス様との事を知る私だから全て話すと仰られて・・・。」




            『私は下界に降りてからは、独りで生きて行かなければならない・・。アン              ジェリーク、お前は笑うかも知れないが、私はクラヴィスが居なけれ              ば生きては行けぬ・・・』

           ジュリアスは瞳を伏せて言った。

           『クラヴィスが守護聖の任を解かれて、下界に降りてくるその時まで待つ             と約束したがずっと長い間をクラヴィスの事を考えながら生きていかなけ             ればならぬ・・・』


           その言葉にアンジェリークは胸を締め付けられた・・・。例えクラヴィス           の任が解かれ下界に降りたとしてもジュリアスが生きているとは限らな            いのだ・・・。

           『・・私はそれが耐えられないのだ。相手を愛しているならそれくらい待て             るだろうと思うかも知れないが、私はそれが耐えられないっ・・・』




           「・・こう仰られて・・・それで、私がジュリアス様の記憶を・・。」

            そんな事が二人の間にあったなんて全く知らなかった・・・。最後の夜で            さえジュリアスは私と共に居ると確かに約束したのに・・。今、お前は私            の事など関係なく暮らしていると言うのか・・。お前が聖地を去ってからと            言うもののお前を忘れた事は一度として無かったのに・・・。何時もお前と            同じ空を見ていると思ったのに・・・。その時、お前は私の事など微塵も思            ってはいなかったと言う事か・・。何て事を・・何て事をお前はしたのだ・・。            今のこの悲しみでさえお前には伝わっていないのか・・・。

            「・・・クラヴィス様。お辛いでしょう・・でも、まだ続きがあるのです・・」
          「続きだと?」
            「えぇ、ジュリアス様の願はもう一つありました・・・それは・・・」
          「・・・・・。」
          「それは、クラヴィス様の記憶も消す事です・・。」
          「・・・っ!!」

           驚きで声も出ない・・・。今、目の前にいるこの人はなんと言った・・・。私           の記憶を消す様にジュリアスに頼まれたと言ったか?そんな事はあるは           ずが無い・・・。自分を愛していると言ったジュリアスがそんな事を言うは           ずが無い・・。この人は・・嘘を・・・。

         「・・ジュリアス様はこう仰っていました。これはクラヴィス様の為でもあ           るのだと・・・」
         「私の為だとっ・・・」
         「クラヴィス様とジュリアス様はある約束をなさいましたよね・・」

          −−−−−−私が守護聖の任を解かれたら必ずお前の側に行くからそれ            まで待ってくれ−−−−−−

         「あぁ、約束した・・」
         「その事で私に頼まれたのです・・・。クラヴィス様が下界に降りた時にはも           う、生きてはいないだろうから・・・その時の悲しみをクラヴィス様に与え           たくは無いから・・・。永遠に会えない悲しみを絶望を与えたくは無いから・           ・・と仰られて・・」
         「まさかっ!ジュリアスはもうっ・・・」
         「大丈夫ですクラヴィス様。ジュリアス様は生きておられます・・・。」

          その言葉を聞いて全身の力が抜けて行くのが分かった・・・。

         (良かった・・・。お前が生きていてくれる・・・。この宇宙のどこかにいてくれ            る・・・。)
         「それで、クラヴィス様が守護聖の任を解かれ聖地の門を潜ったらその時           、記憶を消すようにと約束しました・・。そして・・・この約束は誰にも公言           しないと約束しました・・・だけどっ・・・私は・・・」

           言葉の最後が涙で揺れている・・・。

          「ジュリアス様に幸せになって欲しかったんですっ」
          「・・・・・・」
          「私のしている事は決して良い事とは言えないかも知れません・・・。最後の            願いを叶えると言って女王の力を守護聖の方の為に私的な事に使ったの            ですから・・」
     「・・・・・」             「でも、いけないことですか?自分のとても好きな人の願い叶えたいと思            うのは・・好きな人に幸せになってもらいたいと思うのはいけない事です            か?間違っていますか?・・・」            アンジェリークの瞳からは次から次に涙珠が溢れていく・・・           (・・・そうか、この者もジュリアスの事を思っていたのであったな・・・)            クラヴィスは静かにアンジェリークの悲働な思いを静淵と聞いていた・・・。           「・・・たとえ、身勝手だと皆さんから軽蔑され罵られようと、私はっ・・・私            はジュリアス様に幸せになって欲しかったんです。」           「・・・アンジェリーク」           「守護聖という任を解かれて同じ時を生きていけるのに・・・お二人が一緒            に居られないなんて・・・お互いの事を忘れて別々に生きていかなければ            ならないなんて・・・私には耐えなれなかったんです」           「お前はそこまで私達の事を思っていてくれるのだな・・・。アンジェリーク」            ジュリアスの事を愛していると言うまだ幼さの残る目の前の少女は、           愛している者の為に自分の思いよりも人の事を考えて禁忌を侵してい           た・・・。その時の私は何をしていた・・・。あいつの本当の苦しみも分から           ないで、己の事だけを考えて・・・自分が幸せになる為に・・自分の考えだ           けで己の気持ちを押しつけた・・・。ジュリアスの本当の気持ちも考えず           に・・・独り下界に降りるジュリアスの気持ちも考えず・・・・私は・・・・・。 
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