俺だって何時までも鉄の側にいたかった
平和でなんにも恐れることがなくって
質素だけれど
2人で暮らして行けるだけ
たったそれだけの金があれば充分だったんだ・・・・
鉄・・・・・兄ちゃんは・・・・・
【 − モノ − 七 】
崩れ落ちる辰の身体が冷たい床板にドサッと鈍い音を残す・・・。
「・・・・・っ」
幾ら自分でも早々屯所内では刀を持っていない・・・土方は辰に思い切り拳を喰ら
わせたのだった。手加減なんてもちろんしていない、するつもりも無かった辰が
自分の物のように鉄の事を言うだけで沸々と怒りの念が何倍にも膨れあがり気が
付けば目の前に居る辰の腹に拳を喰らわせていた・・・。
「あ〜あ、土方さんやっちゃった・・・・」
廊下の柱からヒョッコリ顔を出した沖田はまるで小さい子供のイタズラを見つ
けたように口元に笑みを浮かべていた。
「辰之助さんかわいそうに・・・・暫く何も食べれませんよ土方さんの手加減なしの
拳をお腹に喰らっちゃぁ・・・」
辰の側に膝を降ろし苦しそうに歪んで気を失っている辰の短い前髪をツンツン
と引っ張る。
「そんなに頭に来ましたか?土方さん・・・・」
クスクスと笑いを堪えきれないように沖田は掌で口元を隠す
「鉄君も大変な人に目を付けられたもんです・・・クスクスッ。ねぇ、近藤さん」
沖田の言葉に振り返ってみれば今迄気配を消して立っていたのだろう近藤が土
方の後ろに柱に背を凭れて立っていた・・・
「あぁ・・・本当だな。こんなに本気な歳を見るのは初めてだぞ・・・・」
「何が言いたいんだアンタ達は・・・・・」
ギリギリと飢えた狼のように2人を睨み付ける。この兄の・・・辰之助以外にもこ
の先に行こうとするのを阻むのか・・・
「土方さん・・・・言いたいことがあるのではないかと人に答う前に自分が誰かに言
いたいことがあるんじゃないんですか?」
「・・・・・・・」
「早くしないとこの可哀想なお兄さんが目を覚ましてしまいますよ」
この2人に借りを作ると後で大変なことになりそうだ。現に沖田はいつもより
数倍の作り笑顔をしているし近藤は多くを語らないながらもその瞳の奧にはから
かいの念が見え隠れしている。だが今この時を逃すと目の前の倒れている者が目
を覚ましてまた余計なことが増えるのは必須だった。
「あぁ、分かった」
土方は意地悪く微笑む2人を横目で気にしつつも鉄の所へ急いだ。部屋まで辿
り着き障子を開けるとそこは誰も居なく静まりかえっていた。鉄を知る者なら誰
でも知っている・・・・鉄が押入でしか休めないことを・・・
「・・・・・・・市村」
名前そっと呼んでみたが返事はない。押入の襖をみれば心張り棒がしっかりと
されていて閉じこめられているのは誰がみても明らかだった。ここまでするのか
とまた辰に怒りが込み上げてくる。
心張り棒を静かに外し襖を開けると押入の隅の方に黒い固まりが見える手を伸
ばし自分の方に引っ張り出すと痛々しく涙で頬を濡らし深く眠りについている鉄
が出てくる。
「市村」
まだ涙の後が残る頬を指の腹で拭ってやると子供特有の柔らかな頬の感触がす
る。随分と長い間泣いていたのか目元と頬が赤くなっており小さな指先は此処か
ら必死に出ようとしたのか血が付いている
凶暴なまでの愛しさが込み上げてくる。こんな想いは自分でも始めてで少し戸
惑ってしまう・・・
鉄の膝の裏に手を通し背を支えると抱き上げる「コトンッ」と自分の胸にもた
れ掛かってくる重みが心地良い・・・・
市村、お前の目が覚めたら伝えたいことがあるんだ・・・・・・
腕の中のモノを壊さないようにと優しく腕に力を入れて抱きしめた。
戻 次