「副長のばかーっ!」
がちゃーんっ!と陶器が割れる音と共に部屋から出てきたのは仔犬の鉄之助だっ
た。短い手足を力いっぱい振って走っていく・・・・
「待てッ!テメー市村ぁ!!」
屯所中に響き渡る土方の声にも振り向かずに鉄之助の姿は視界から消えた・・・
「全く・・・・・何が気に入らねぇっつんだよ・・・」
ガシガシと頭を掻きむしった後、
ドカッ
足を組んで畳の上に座った。
【 − モノ − 壱 】
事の始まりは何時もながら【茶】の入れ方だった。
不味い!温い!味がしねぇー!渋い!熱すぎる!
等々文句を言われ続けて幾星霜・・・・。これでも鉄之助は歩に習って茶を入れて
いるのであって上達していないわけがないのだ・・・・。実際に土方以外に茶を出せ
ば
『上手い』
『流石、副長の小姓だけはあるねぇー』
等、褒めて貰ったりしているのに何故か副長だけは褒めて貰えないのだ・・・誰よ
りも一番褒めて欲しいのに・・・・今日だって
「どうですか?」
と恐る恐る聞けば
「不味い」
と帰って来るばかりで・・・・いつもならそれだけで終わるのに今日に限ってはそ
れだけでは終わらなかったのだ・・・・
「総司の方がよっぽど上手い茶をいれらー」
グサッと胸を抉る一言に迂闊にも涙が零れそうになった。沖田さん・・・その人は
土方さんの大切な人だと皆が言っていた・・・。
『あの土方さんに物事をポンポンと言えるのは沖田さんぐらいしか居ないよ。
しかも、朝起こすのだって沖田さんやってたりするし・・・・。人間ある程度信頼
してる人間しか近寄らせない領域って言うのがあるじゃんか・・・・その領域を容
易く近寄らせてるし・・・・土方さんにとって沖田さんは【大事な人】なんだろう
さぁ〜』
起ち聞きをするつもりは無かったが偶然他の隊士が言っているのが耳に入って
しまった・・・。
沖田さんは今迄土方さんのお世話をしていたのに俺が来たからそれが出来なく
なってしまって・・・・どうしよう・・・俺は2人の邪魔をしているのかも知れないだ
から土方さんは俺の事が嫌いなんだ・・・
そう思うと涙が次から次へ零れた・・・・。
「おや?どうしたんですか?鉄之助君」
「どうしたんだ鉄?」
顔を伏せて歩いていると頭上から山南と辰之助の声がした。
「ふぇえぇ〜ん!辰兄」
辰之助にあった安心感か鉄は腰の辺りに抱きついて大泣きし始めた・・・。
「どっどうしたんだっ!鉄!何があったんだ!!」
「ぐずっ・・・・ふぇ・・・・ひっく・・・・・ふぇーーーんっっ」
優しくされることでもっと涙が溢れてきてしまう鉄であった。
「・・・・・・落ち着いたか?鉄・・・・・」
コクンッ
小さな頭がコクリと静かに頷く・・・・
「ほら、鉄之助君。甘いあめ玉だよ・・・お食べ」
そっと手に置かれたあめ玉を頬張る。
「・・・・・・・・・・・・ありがとう」
小声でボソボソと言うと山南はニッコリと微笑んだ。
「何があったのか兄ちゃんに言ってみろ鉄」
先程から何度も繰り返されてる質問だがこれを聞く度に鉄は黙りを決め込
んでいる・・・。
「言わなきゃ分かんないんだぞ!鉄」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「コラッ!鉄」
「・・・・・・・・・・・・グズッ・・・・・ふぇっ」
「わー!泣くな!泣くなぁーっっ!!!」
オロオロバタバタ暴れ出す辰之助を押しのけると山南は鉄を抱き上げた。
「言いたくないなら、言わなくても良い鉄之助君。」
そう言うと障子を開けて縁側に出る・・・。
「でも、1人で抱え込むのが辛くなったら誰でもいい・・・言うんだよ・・・」
「・・・・・?」
「ココにいる皆、君のことが大好きだから君が元気がないと皆が元気が無く
なってしまうんだ・・・・」
山南の言っている事は本当だった。殺伐としていた屯所だったが鉄が来て
からはその雰囲気をガラリと変えた。鉄が居るだけで屯所の中が明るくなる
そして、鉄を見ているだけで暖かな気持ちになり心も穏やかになる・・・。
「・・・・・・・・・・・そんな俺は皆に好かれてなんかない・・・・」
だって・・・・副長には嫌われてるし・・・・。
「そんな事はないよ、ほら・・・・・出てくると良い・・・そこの3人。」
誰も居ない庭に向かって山南は声を掛けた。すると建物の影から3バカが
姿をばつが悪そうに姿を表した。
「ほらね。この3人も君のことが心配で先程からココに居たんだよ・・・。」
チラリと3人を見ると恥ずかしそうにボリボリと頭を掻いてそっぽを向い
てる。
「・・・・でもっ、でも・・・・山南さん・・・・俺・・・・・おれ・・・・」
嫌われてるんだ副長に・・・・
その言葉は最後まで言えなかった・・・・。
「市村ぁーっっ!」
ビクッ!
山南の体の中で鉄が身を固くする。
「テメーッ何やってんだっっ!!」
鉄達が居る向かい側の縁側から土方がもの凄い形相で怒り叫んでいる。そ
の姿に山南も3人も辰も・・・・そして鉄でさえ恐怖に戦く。
そして
ヒュンッッ!
土方の煙管が鉄に向けて投げられ。
ジュッ!
鉄の幼い手の甲に煙管が当たり火の粉が焼け付いた。
「あっ・・・・・・・・つっ」
「鉄っ!」
「土方君!君は何てことをっっ!」
熱さで手を押さえている鉄を守るように強く抱きしめる。
「アァッ!?俺の小姓を俺がどうしようとテメーらには関係ねぇーだろうがっ!
市川!茶だ。茶をいれろっ!今すぐだっ」
それだけを言って土方は踵を返してその場を後にした・・・・。
「何てことをするんだ。土方さんは・・・・」
ギリッと歯ぎしりをして辰は土方が立っていた場所を睨みすえる。
「大丈夫かい?鉄之助君・・・・」
「大丈夫ッス・・・・・山南さん・・・すんません・・・降ろしてもらっていいっすか?」
そっと降ろしてやると鉄は落ちている煙管を拾い大事そうに持った。
「山南さん・・・・・さっきの言葉・・・・・違いますよ・・・・」
瞳に涙を溜めて山南を見上げる
「おれ・・・・・俺・・・・・副長に嫌われてますから・・・・」
ぽろ・・・・
ポロポロ・・・・・・・・
涙を流して笑顔を作る鉄の顔は見ている方が辛くなるほどの笑顔だった・・・。
ペコッと頭を下げると鉄はゆっくりと土方の消えた方へ歩き出した。ひんや
りと冷たい廊下がキシキシとしきむ音がしていた・・・。
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すみません!続きますぅ〜