麝香連理草
- scar W-
何時もの時間に起きて、何時もの時間に朝食を食べ、何時も通りに身支度をして、
何時もの時間に執事に見送られて出仕する・・・・。そう・・・何時もの事。馬車の中でそう
思う・・・だが、それも今日でお終い。今日が最後・・・だけれど、皆今日が最後だと言う
ことを知らない。邸の者も守護聖の者も・・・私に明日があると思っている。
「この走る馬車から見る風景も最後だな・・・・」
そう思いながらも何故か(悲しみ)とか(死に対する恐怖)が感じられない自分に
少しばかり驚く・・・。何故だろう、自分の死期が迫っているというのにこの心穏やかな
気持ちは・・・・
煌めく水飛沫・綻ぶ蕾・穏やかな人々・青い空・・・それが聖地だったな。守護聖そ
れは私が生まれながらにして定められていた運命・逃れられない運命。
何かが足りない足りないはずなのに、それを埋められなくてジュリアスは無意識の
中でもがいていた・・・。だが、それはあまりにもジュリアスの心の奥底で起こっていて
ジュリアス本人でさえも気が付いていない・・・。
「ジュリアス様、到着いたしました。」
「ご苦労だったな・・・・。」
ジュリアスは自分を送ってくれたことを労うように肩にそっと手を置いて宮殿の中
に消えていった・・・。
「・・・・ジュリアス様?」
何時もは(ご苦労)の一言で自分には目もくれずに行ってしまうジュリアスが何故
この様な行動に出たのか分からない青年はその場に立ちつくすしかなかった・・・。
長い廊下をゆっくりと歩きながら、次元回路のある場所に到着するとルヴァが待っ
ていた・・・。
「ルヴァだけなのか?エルンストはどうした・・・・」
幾ら守護聖と言えども次元回路は開けない、王立研究院の協力が必要なのだ。
「少し貴方と話がしたいので、出てもらいました・・・。」
「そうか・・・ルヴァ、そなたには辛い役目を押しつけてしまって申し訳ない」
辛い役目!?誰がですか!貴方の方がよっぽど辛いでしょうにこんな時でも貴方は自
分よりも他人の気持ちを何よりも考えるのですね・・・。他の守護聖に嘘を吐かなくては
ならなかった私の事を心配なさるのですね・・・。
「辛い役目だとは思っていませんよ・・・。 」
「そうか?」
「えぇ、貴方の為なら・・・嘘を吐くことなど、何とも思いません」
「ふふっ、爆弾発言だな。」
私は貴方に合わせて笑いました。私が涙すれば貴方が辛くなることは分かっている
から・・・どうですか?私は笑えているでしょう?辛さなど表に出ないように笑えてい
るでしょう?・・・・ジュリアス。
ルヴァ・・・そなたはこんなにも私の事を思って笑ってくれるのだな・・。そなたの悲し
む顔を見れば私の心が残ると、分かってくれってくれるのだな・・・。ルヴァ、確かにそ
なたは笑っているぞ・・。口だけな・・・瞳は涙が溜まっていて今にもこぼれ落ちそうだが
・・・・。ルヴァ、ありがとう。
「・・・ジュリアス」
ルヴァとジュリアスは抱きしめ合った。それは決して恋愛感情のものではなく信愛
からなるもの・長く側にいた家族愛。
ジュリアスの抱きしめた懐からカサッと音がした。
「ジュリアス、懐に何を入れているのですか?」
ゆっくりと身体を離しながらルヴァは聞いた。ジュリアスは懐に手を入れると古い
封筒を出した・・・。
オスカーは、出仕する時は必ずジュリアスのところに最初に行く。何時もは自分よ
りも早い時間に出仕して執務をしているその人がいない。執務室にジュリアスがいな
いのだ・・・。オスカーはどうしたのだろうと、宮殿中を探し歩いた。
何か、何かがおかしい・・・。ジュリアス様がこの時間に執務室にいられないなんて
オスカーは胸騒ぎがして、廊下を足早に歩いていた。そして目の前に王立派遣軍の
者達が大勢、次元回路のある間に歩いていくのが見えた。
「何だ?俺は何も指示を出していないぞ・・・。」
奇妙な行動をする、王立派遣軍の後を静かにオスカーは付けていった・・・。
懐から古い封筒をジュリアスは出した。それは、どこかで見たことのあるもので、
でも、ルヴァは思い出せなかった・・・。
「ルヴァ、憶えていないか?この封筒を・・・数年前にそれぞれの願いを込めて埋めた
この願いの手紙を・・・」
その言葉を聞いてルヴァは思い出した。そうだ、あれは数年前にクラヴィス・ジュ
リアス・そして自分が願いをそれぞれの手紙にして埋めた封筒ではないか・・・。
「ジュリアス、その封筒は・・・。」
「思い出したか?」
「えぇ、掘り起こしたのですか?」
「安心しろ、そなた達の手紙の内容は見ていない・・・。私の手紙を堀り起こしただけ
だ。」
「何のために・・・今頃掘り起こしたのですか?ジュリアス」
その質問にどこか苦しそうな顔をするジュリアスをルヴァは見逃さなかった。
「この手紙を残しては逝けなかったからな・・・・人目に触れてはならない手紙なのだ
・・・・」
「人目に触れてはならない手紙?ですか・・・」
「この手紙は、私と共に連れて行こう・・・。誰もが嫌な想いをしなくてもいいように
・・・。」
「嫌な想いとは・・・・」
ルヴァはその先を聞こうと思った。嫌な想いとはどう言うことなのだろう・・・。人が
嫌な想いをする手紙を書くなどジュリアスに限って絶対にない。どういう内容の手紙
なのだろうと、聞こうと思ったとき・・・
「ルヴァ様、そろそろ時間です。」
王立研究員のエルンストが入ってきた。ジュリアスはエルンストの姿を確認すると
持っていた手紙をまた懐の中に納めた。
「あぁ、分かった。それでは、回路を開いて・・・」
「お待ち下さい。ジュリアス様、首座の守護聖様の見送りの者がルヴァ様と私だけ
とは行きません。他の者を呼びました・・・お待ち下さい・・・。」
次元回路の間の扉を開けて、王立研究員の者、王立派遣軍の者、大勢が入ってきて
次元回路の間は一杯になった・・・。それぞれが並び終えると一斉に片膝を付いた・・。
「ジュリアス様、ご安心下さい。ここにいる者は口の堅い秘密を守るべき者達ばか
りです・・・。ですから、お見送りすることをお許し下さい・・・。」
エルンストは頭を深く下げてジュリアスに願った。片膝を付いている研究員の者も
派遣軍の者もジュリアスを必死に見上げてきて・・・。ジュリアスは胸がいっぱいになっ
て何も言えない・・。ただ、独りで逝くものだと思っていたから。これだけのものに慕わ
れて逝けるなんて思ってもいなかったから・・・。
「皆、ありがとう。私はこんなにも皆に思われていて嬉しい・・・本当にありがとう」
ジュリアスは微笑むとエルンストとルヴァに軽く頷いて見せ、回路の方に身体を向
かせた時、バタンッと扉が壊れそうな程勢い良く開いた。そこにいたのは密かに派遣
軍の後を付けていたオスカーだった・・・。
「ジュリアス様っ!どう言うことですかっ!!」
怒鳴りながら、膝ま付いた者達を押しのけてグングンとジュリアスに近づいてくる・・
「見送りとは!どう言うことですかっ?何故、ここにいる者達は涙しているのです
かっ!!」
ジュリアスにもう少しで届くという時、エルンストに立ち塞がれた。
「どけっ!!エルンスト!お前に用があるんじゃないっ!!」
いけない、この人をいかせてはいけない。そう頭の中で危険のシグナルが鳴り響く
ここでこの人を止めなければ二度と会えなくなる・・・。どうして?そんなことを思った
のか自分でも分からない・・・長年、側にいた直感とでも言おうか・・・ここで泣いている
者達が全てを物語っているようだった・・・屈強な派遣軍の男達が泣いている・・・真面目で
感情があるのかないのか分からない研究者が泣いている・・・。何故・・・なぜ・・・ナゼ・・・
何故だか分かる気がする・・・気が付きたくはない。でも気が付かなければこの人を失う
ジュリアス様、イッテハイケナイ!貴方がイッテハイケナイ!
必死にジュリアスに手を伸ばすが、後ろから派遣軍の者達に押さえられて動けない・・・
「離してくれっ!!あの人を逝かせてはいけない!!離せ!」
力の限りオスカーは叫ぶ、声が例え出なくなってしまっても構わない、あの人を繋
ぎ止める事が出来るのなら・・・声などなくなってもいい・・・。誰か、誰か誰か誰か、ジュ
リアス様を止めてくれ!!
オスカーは必死にジュリアスの名を叫び続ける・・・。その時、オスカーの直ぐ後ろで
ルヴァの声がした。
「・・・・オスカー、すみません。」
そこで、オスカーの意識は途切れた・・。オスカーが意識を失う前に見たのは今にも泣
き出しそうなジュリアスの微笑みだった・・・。
「・・・・・ジュ・・リアス・・・さま・・・」
白い霞の中にジュリアスは消えていった・・・・・。
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