貴方の声が聞こえない・・・・。
−前編−
         【天は二物を与えず・・・】          とは言われているがその言葉は本当らしい・・・。白い磁器の肌・蒼穹の瞳・長い金色の睫         毛・そして光をふくんだ金糸の髪・薄い薔薇色の唇。貴族に産まれたジュリアスは本当に         美しかった。          だが・・・・ジュリアスは耳が聞こえない・・・・だから・・・口がきけない。美しく育ったジュリ         アスは貴族である自分の邸から離され独り孤独に育った。          つまり・・・・          【汚点は隠す】          と言う訳だ。誇り高い貴族であるジュリアスの邸にはジュリアスは必要ないと出されて         しまったのだ。それでも少しは【情】と言うモノが残っていたのか一族の者はジュリアス         の遊び相手として10才年上のクラヴィスを一緒に住まわせることにしていた・・・・。使用人         でも世話焼きでも下僕でもなくだたの友人として・・・友としてクラヴィスと一緒に住まわせ         育てていた・・・。          「ジュリアス・・・今日はお前の誕生日だな・・・・」                    クラヴィスがそう言うと嬉しそうに微笑むジュリアス。まるでふっくらと芽吹いた蕾が         ゆっくりと開くように微笑んだ・・・。          ジュリアスは今年で15才になる。両親からは事務的な                     《誕生日おめでとう ジュリアス》           の一言だけが書かれたカードと取って付けたような花が贈られてくる。毎年それを見          てはクラヴィスが           「随分と大層な贈り物だな」           と皮肉たっぷりに不機嫌な顔をするがその顔をジュリアスは盗み見、何時もクラヴィ          スに伝えるのだ。           『私の誕生日を父上や母上は覚えて下さっていたのだ。それだけでも私は嬉しい・・・            クラヴィス、世の中には両親を亡くし両親に祝って貰えない人達がどれ程居るだろ            う・・・・他人の不幸に自分の事を照らし合わせて自分が幸福だと思うのは人間の嫌な            所なのだが・・・・私はとても嬉しいのだ』           そう何時も持っているメモ紙に書いてクラヴィスに渡した。            そのカードと花束はジュリアスの両親の執事が贈っていることも知らずに・・・ジュ           リアスは毎年嬉しそうな微笑みをもらす・・・・。            「そうか・・・お前が言うのならばもう私は何も言わなかろう・・・。さぁ、お前の誕生             日だ2人で祝おう」            ジュリアスのメモ紙を優しく握り自分の懐にしまいながらクラヴィスはジュリアス           と共に食事をするために移動する。            耳が聞こえず、喋れないジュリアスは殆ど自分の言いたいことをメモ紙に書いて表           現する・・・自分の伝えたいことが少し時間が掛かってしまうけれどジュリアスはコレ           がベストだとこの方法を使っていた。長い付き合いのクラヴィスだけは筆記だけでは           なく思った事が何も書かなくても通じることが良くあった・・・・だから、クラヴィスに           関してだけは【筆記で物を伝える】と言うことが少なかった。            「何か欲しい物はあるか?ジュリアス・・・・」                       毎年聞くこの質問にもジュリアスは何時も『何もいらない・・・』と返事を返す。            「お前は本が好きだから・・・・」            だから何か本を送ろうか・・・と聞いてもジュリアスは『いらない・・・・』と言うだから           何時もクラヴィスは青いジュリアスと同じ瞳の色で球体の硝子の置物を送っている。           その置物はジュリアスの部屋の窓辺に飾られており陽の光に当たると部屋の中を蒼く           広がる海のように染めた。一緒に暮らし始め、ジュリアスが5才の時から続けられて           きたその硝子の置物は今年、丁度10個目になる・・・。            何でその硝子細工なのかと問われてもジュリアスの瞳にとても似ていたから・・・と           しかクラヴィスは答えられない・・・・。とても美しく・・・とても綺麗で・・・・とても悲しい           ジュリアスの瞳に似ていたからとしかクラヴィスは答えられない。            給仕の者達がジュリアスの誕生日と言うこともあり豪華にテーブルの上を飾る。例           え一族の者から疎んじられるようなジュリアスだったけれどここに居る者達はジュリ           アスを嫌っては居なかった。むしろこの悲しい天使を慈しんでいた・・・。この悲しい           天使が住む邸の青々と茂る木々、それに安らぎを求める小鳥・動物。声なき声が聞こ           えるのだろうか・・・ジュリアスは邸の木に集まる動物達にもとても好かれていた。            「ジュリアス、美味いか?」            『うん』            「そうか、良かったな」            美味しそうに食事を食べるジュリアスを見ながらクラヴィスは自分の顔に笑みが浮           かぶのを止められなかった。何としてでもこの笑顔は自分が守ろうと思った。どんな           時も・・・どんな時でもジュリアスからこの笑顔を失わせないために守ろうと決めてい           た。自分はジュリアスに対して醜い劣情を持つ者だとしても、ジュリアスだけは、ど           うか何時も幸せに・・・・そう思っていた。                     クラヴィスは何時も優しい。この邸に来た時からずっと優しい。始めて会ったっ            時は今迄見たこともない容貌に眼を奪われた・・・。私は言いたい事があってもそれを            伝えるのに時間が掛かってしまう・・・。何時も持っているメモ紙に書いて、それを書            き終わり見せるまでじっと待っていてくれる。             始めて会う人達はジュリアスの容貌に始めは愛想良く近寄ってくるのだ。だがし            かしジュリアスの反応がおかしいと気が付くと皆眉に皺を寄せるそしてジュリアス            が             【私は耳が聞こえないのです】             とメモを出すと皆「あぁ・・・」と納得したような同情しそしてどう扱って良いのか            分からないと言った風にして去っていく。・・・・先程の始めて会った時の笑顔は嘘の            ように・・・・。でもクラヴィスは違った、始めて会ったときから他の人とは違ってい            た。             「お前は耳が聞こえないのか・・・?そうか、でも私の言っていることは分かるだろ              う?思いが通じれば問題は無い」             そう言いきったのだ。筆談でなくてもジュリアスはゆっくりと喋ってくれれば相            手の唇の動きで何を喋って居るのかは充分に分かった。その事を察したのかクラヴ            ィスは始めから分かりやすいようにゆっくりを話しかけてくれていた・・・。その心            使いが何よりもジュリアスにとっては嬉しかった。             あの時までは・・・・・。             クラヴィスが邸の者と離す姿を見た。後ろから話しかけられ振り向き相手を確認            するとそのまま背中越しに話し続けるクラヴィス。それを見てジュリアスは胸を締            め付けられるような想いがした。背中越しに相手と話しながらふとした瞬間に笑み            を漏らすクラヴィス・・・。                    私には・・・・・               私には・・・               ・・・・・・・・・それが出来ない。             ジュリアスはその場から逃げるように走り去った。今迄クラヴィスがジュリアス            の思っていることを分かっていて、ジュリアスがクラヴィスの唇の動きを見て【喋            って】いたけれど・・・・それは違っていたのだ。クラヴィスだからこそ出来たことで            あって皆と・・・・とはいかない。所詮私は・・・・・             クラヴィスの声が聞きたい。             クラヴィスとハナシたい。             クラヴィスと背中同士でハナシたい・・・・。             でもそんな事は出来ないのだ。自分でも充分すぎる程分かっている現在の医学で            も未来的な医学でも先天的な聴覚の障害と言うものはどうしようも出来ないだろう            それは、何か一筋の光でも無いかと本を読み漁った結果。知識の薄い自分が読むの            は本当に苦労したけれど・・・・             そんな事を日がな思っている内にクラヴィスとも会い辛くなってしまって、クラ            ヴィスを避けるようになって3日が経っていた・・・・。自分がした行動に何も心当た            りが無いクラヴィスは苛立っていた。優しく、壊さないように接していたのに・・・            何か自分が気に障る事でもしてしまったのだろうかとそれでも何も心当たりがない            クラヴィスは苛立っていた。今迄は少し癇癪を起こすジュリアスだったけれどこれ            ほどまでに自分を避け続ける事は無かったのだ             そしてある日、自分の姿を見て柱に身を隠したジュリアスの腕をきつく掴んで捕            まえ自分に見合わせた。            「ジュリアスッ!私がお前に何かしたか」                  耳が聞こえなくてもクラヴィスの怒りは伝わってきた。それでも・・・こんな時でも            クラヴィスはゆっくりとジュリアスに分かりやすいように話してくれる。            「私がお前を怒らすような事をしてしまったのかと聞いているんだ!ジュリアス!」             クラヴィスの余りの怒りに身体が震えて来る。「クラヴィスは何も私を怒らす様            な事はしていない」と言おうと口を開くが【ぱくん】と閉じる・・・                          ・・・・・・・・そうだ。私は口がきけないのであった・・・・・・                          クラヴィスが余りにも普通に接してくれているから自分が喋れない人間だと言う            事を忘れてしまいそうになる・・・・             何かを言い足そうに口を一度開き閉じたジュリアスを見てクラヴィスのイライラ            が募る。             「言いたいことがあるならハッキリ言えっ!」             ジュリアスの驚きに見開く姿を見て、クラヴィスは激しく後悔した。何という酷            い事を言ってしまったのだろう・・・。長い間一度もジュリアスに対して言わなかった            言葉を言ってしまった事にクラヴィス自身も傷ついていた。             【言いたいことがあるならハッキリ・・・・】             こんな事を軽率にも口に出してしまう自分が呪わしかった。でも、ジュリアスと            普通に【会話】をしていたから気づかなかったのだ・・・。自分としてもジュリアスと            ごく普通に話をしていたつもりだったから・・・ジュリアスが喋れないだなんて・・・お            そまつにも私は忘れていた・・・。私の言葉に大きく瞳を見開き驚いているジュリア            スを見てなんて言うことを言ってしまったのだろうと言う衝撃で謝罪の言葉も見つ            からなかった。                        だたジュリアスが怒り自分に殴りかかろうならそれを甘んじて受けようと思った。                             泣かせてしまうのなら何日でもその涙が止むまで側にいようと思った。             「出て行け」と言われるのなら出ていこうと思った・・・・             だが、ジュリアスは・・・・             ジュリアスは・・・・・・・・             儚げに               消え入りそうに               微笑んだだけだった・・・・・・・・。              
【戻る】     【中編】