想いは雨の中に・・・
俺には
思い続ける人がいる
決して態度でも 言葉でも伝えられない
そんな人が
俺にはいる
それは、雲ひとつ無い晴天の空の下。俺は一人で愛馬と遠乗りをして
見晴らしの良いこの丘にやってきた。何時もなら、ジュリアス様をお誘
いするのだが、今日は一人で来たかった・・・・。
「何時見ても、綺麗な景色だな・・」
景色というのは人の心理、共にいる人によって見方も心に訴えかける
ものも違うのだろうか・・・。あれだけ心を爽快にさせる景色も今日
に限っては何故だかもの淋しさを感じさせる・・・。隣にあの御方がい
ないからだろうか・・・。
「さあ、帰るか・・・」
青いマントを翻して炎の守護聖オスカーは丘を後にした。
俺は自分の執務を早く片付けジュリアス様の執務を手伝っている。それ
も、守護聖の長であるジュリアス様をお助けする為・・。あの御方の側に
少しでも居たい為・・。
「・・・オスカー。」
「はっ、どうかなさいましたか?ジュリアス様」
「顔色が悪いぞ・・。気分でも悪いのか?」
「いえ、別にそんな事はありませんが・・」
「そうか、それなら良いのだが・・。アリオス・・いや、レヴィアスの事が
終わってから、まだそんなに時間もたっていない。それなのに事後報告の書
類作りで、そなたもあまり休んでいなかろう・・。今日はもう良い。下がっ
て休むがいい・・・。」
「いえ、俺は大丈夫です。体は元々頑丈に出来ていますから・・。それより
もジュリアス様の方こそ御身体の方は大丈夫ですか?」
ジュリアス様は、俺が帰った後でも邸の方に書類を持ち帰っているらしく
・・・ジュリアス様の御身体の方が心配だ・・・。
「私の事は心配などしなくても大丈夫だ。この通り、大事無い」
ジュリアス様はこう仰られるが象牙の肌が何時にもまして白い・・・。
「オスカー。私の事はもう良いから、もう下がれ・・」
「いえ、それは出来ません。俺もジュリアス様が終わるまで、ここに居ます」
何を言っても駄目だと察したジュリアスはどうしたものかとオスカーを見る。
(なんて綺麗な瞳なんだ・・。碧空の色そのままだ・・・。このまま、吸い
込まれてしまいそうだ・・)そんな考えを巡らせていると、
「分かったオスカー。今日はこれで終わりにしよう。私も邸に戻るとする」
そう言うと机の上の書類を片付け始めた。
「分かりました。邸までお送りします。」
(これでジュリアス様も御休みに出来るだろう)と安心していたが、不覚に
もその時俺は、ジュリアス様が密かに書類を持ち帰っているのに気付かなか
った・・。その事が後々、こんなにも後悔するとは思ってもいなかった・・・。
翌日、聖地にしては珍しい大雨が降っていた・・。ジュリアス様の執務室に行
く前に王立研究院に頼んであった書類を取りに行く・・。
「えぇい、鬱陶しい雨だなっ。お〜いエルンスト。頼んであった例の物は出来て
いるか?」
コンピューター画面をこれでもかと言う位に見ているエルンストが顔を上げる。
「あぁ、これはオスカー様。この間の書類ならもう出来ていますが、どうなさっ
たんですか?頭から水滴が・・・」
「ああ、これは外が雨なんでな・・急げば大丈夫だと思ったんだが・・。どうだ
?水も滴るって感じだろう?」
オスカーの言葉を受けて、エルンストの方眉が上がる。
「私はてっきりどこかの女性の気分でも損ねたのかと思いましたよ」
そう言うとフッと軽く笑った。水でも引っかけられたと言いたいのか・・
「残念だが俺はそんな事は、一度もされた事がない」
「そうですか?最近、オスカー様が女性の方々と一緒に居るのを見た事がないと
専らの噂ですよ」
「当たり前だろ、最近は忙しいんだ。レディー達と優雅な時を過ごしている暇が
無いんだ。」
「・・・そうですか?」
「何だ。何か言いたい事でもあるのか?」
「いえ、別にありません」
(何だこいつは、こんな言い方をされたら誰でも気になるだろうがっ!)
「いいから言え。気になる。」
エルンストは椅子をキシッと軋ませるとこう言った・・・
「まあ、一般論ですからあまり気になさらないで下さい。世に居る遊び人・・い
え、失礼しました・・・。」
「いいから続けろ・・・」
「えぇ、そう言う方々は、本当に心から御好きな方が出来ると今までとは別人の
様に他の方々とは付き合わなくなるそうです」
「そうか・・。まぁ、俺の事は兎も角として、お前の言う一般論の答えとしては
だな・・自分の愛している御方がいるのに他の奴なんか眼に入んないと思うけど
な・・・。寝ても覚めてもその人の事だけだろうからな。」
「そうですか・・して、オスカー様はどうなんですか?」
エルンストは好奇心とは別の眼がオスカーを見る。
「さぁな、ただ俺が今言える事は、アノ事件の事後報告の書類作りで忙しいっ
てことさ・・」
エルンストの唇が釣り上がる。
「あぁ、それで、ジュリアス様の執務室にいらっしゃるんですね。」
(・・なんだ随分突っかかる言い方だな)
「・・・そう言う事さ。おっと、長く居すぎた様だな・・。この書類持って行
くぞ。邪魔したな・・」
そう言うと部屋を後にする。エルンストはと言うと深々と椅子に腰を沈めて
ため息を吐く。
(まったく、オスカー様は気付いて居られるのだろうか・・自分が先程、
『あの御方』と言ったのを『あの御方』と言えばオスカー様にとってはただ御
一人しかいらっしゃらないだろうに・・・。恋愛に達識なオスカー様も今回ば
かりは、どうにもならないと言うことでしょうか・・・。しかし・・・)
「言葉の端に出てしまうとは、まだまだですね。あの人も私の様に細心の注意
を払わなければ・・・。」
「・・・えっ。何か言いましたか?主任。」
少し離れた所に居た研究員が問いかけてきた。
「・・何でもないですよ。」
「そうですか」
研究員が別の部屋に立ち去るのを見届けるとコンピューターに向き直る。
(____決して悟られることの無いようにこの世で一番愛しいあの御方に・・____)
そして決して触れられはしないだろうその人の名前をコンピューターの画面に
見つけ指でなぞる・・・。
「・・・ジュリアス様」
「・・・不味いな少し遅くなってしまったか」
王立研究院から走ってきたものの約束の時間には間に合わなかった。何よりも
時間厳守を重んじるジュリアスなのでオスカーは呼吸を整えると叱責を覚悟し
て執務室の扉をノックする。
「コンコンッ」
「・・・・・・・・・」
返事がない・・・。
「ジュリアス様?」
「・・・・・・・・」
部屋に居る筈なのに返事がない。(おかしいな・・・)と思いつつ、もう一
度声を掛ける。
「ジュリアス様、いらっしゃらないのですか?」
「・・・・・」
「申し訳ありませんが入らさせて頂きます・・・」
カチャリとドアノブを回すと執務室の中には誰も居なかった・・。その変わり
に執務机の横に紙が一枚落ちていた・・。それを拾う為に歩み寄ると信じられな
い光景が眼に飛び込んできた。
「ジュリアス様っっ!!」
眼下にはジュリアスが倒れていた・・・。執務机が目隠しの役割をして直ぐに
は発見できなかったのだ。全身から血の引いて行くのが自分でも分かる。
「ジュリアス様っ!!どうなさったんですかっ!!ジュリアス様っ」
抱き起こして肩を揺さぶるがジュリアスからの返答は無い・・・。
「誰かっ、側近の者は居ないのかっっ」
窓に雨が叩き付けられる音で声が掻き消される・・・
「誰かっ・・・」
もう一度、助けを呼ぼうと声を張り上げた瞬間、腕を掴まれた。
「・・・騒ぐなオスカー」
「ジュリアス様っ」
意識は戻っている様だが腕を掴んでいる手にも声にも力が無い・・。どうす
れば、いいのか分からない・・・。
「大丈夫ですか・・・医者を・・」
・・情けない。自分でも声が震えているのが分かる。こんなにも動揺している。
「いや・・・大事無い・・・」
「ですが、医者に診て頂いた方が宜しいのでは・・・」
「目眩がしただけだ、少し休めば大丈夫だ・・・。他の者に要らぬ心配を掛けた
くは無い。」
「そんな事はっ・・・」
「・・・よいからオスカー・・。静かにしてくれ」
「もっ申し訳ありません」
再び力無くクッタリとしてしまう。医者も側近の者も呼べない・・・どうすれ
ば良いのかと考えていると目の端に長椅子が見えた。
「ジュリアス様。彼処にある長椅子に御運び致します。」
そう言うとオスカーはジュリアスの細い肩としなやかに伸びている足の膝の裏
に手を滑らすとジュリアスを抱き上げる。金糸の様な髪が顔にフワリと掠めた・
・・。柄にもなく顔が赤面しているのが分かった。
ジュリアスを慎重に長椅子に横たえるとオスカーは自分の青いマントをスルリ
と取りジュリアスの足の方から静かに掛け終わったその時に寝返りを打ったジュ
リアスの金糸の髪がサラリと滑り落ち憧憬の人の白い首筋が露わになった・・。
それは、自分の掛けた青いマントでジュリアスの白い首筋が綺麗に映えて・・・。
まるで、甘い蜜に誘われる蜂の様に吸い寄せられ、その白い首筋に唇を寄せる・
・・。
「・・・っう・・・ん」
気配を察したのか、ジュリアスが微かな息を漏らす。その声を聞いてオスカー
が瞬時に身体を離す。
(俺は今、何をしていたんだ・・・)
自分に対する怒りで、握り込んだ拳が白くなる。
(何をしようとしていたんだっっ)
自分のしてしまった事に戦いて踵を返すとドアを目掛けて走り出した。___
_ジュリアスを其処に残したまま・・。ドアを勢い良く開け、振りしきる雨の中
へ走り出した。
無我夢中で馬を走らせた。風を切り。雨を身体中に刺し。木々の小枝が顔や身体
を斬りつける様に叩くのも気にせず、無我夢中で馬を走らせた・・・。
暫くすると、今まで斬りつける様にしていた物が消え眼下には家々の灯が水玉に
反射して星空の様だった・・・。その景況に心が落ち着いたのか、馬を降りると其
処は、先日来た丘だった・・。
(無意識にここに来てしまったと言う事か・・)
何かを噛み締めるようにオスカーは眼を閉じた・・・。そして、先程の事を思い
出し自嘲した。あの人に近づく全ての悪しき者を排除すると言いながら、結局、自
分がソレになってしまうとはお笑いもいいところだ。自分は無意識の内に何をした。
恐ろしい・・・自分が何をしてしまうのか分からない・・。何時か自分の想い全て
をあの人に無理矢理押し付けてしまいそうで・・・。____否、そんな事は出来
ないっ。そんな事をしてしまえば、今までの様な関係には戻れない。あの人の笑顔、
勝ち得た信頼・・これを失う位なら、俺の想いなど言わない方がいい・・・。だけ
ど、心の中に留めて置くだけだなんて無理だ・・・。あの人の側に居たい、あの人
と繋がりたい、あの人の心が欲しい・・・。そんな想いが身体を動かしてしまう・
・・。そんな事をすれば、あの人の側にさえ居られなくなる。どうすればいい・・。
どうすれば・・・。
____忘れてしまおう・・・。この想いを・・・。この気持ちを・・・。ジュ
リアス様を愛していると言う事を・・・。この激情であの人を引き裂いてしまわな
い内に・・。でも、忘れる事が出来るだろうか、長年、想いを募らせてきたものを
・・_____
「・・否、忘れて見せるさ・・あの人の為なら。忘れて見せるさ・・」
そう言えば昔、聞いたことがある。夜空に瞬く星は人の想いだと・・・。夜空に広
がる星にはどれだけの想いがあるのだろう・・・。願いの叶った想い・・。どちらの
方が多いいのだろう。だか、今宵はその星空も見えない・・・。
・・・だからせめて、この雨が止むまで、この雨が優しさに変わるまで俺の想いが、
悲しみが、この大地に溶けるまで・・・
____この雨が止むまで、貴方を想う事を許して欲しい・・。せめて、この雨が
全てを流すまで・・___
丘の下に広がる家々の灯を見つめて、佇むオスカーの真紅の髪は、水潦で濡れて雫
が落ちている。頬を伝う水滴は、果たして雨なのか・・。涙なのか・・・。それさえ
も、分からない・・・。この浄化の雨の前では・・・。
_____この雨が全てを流すまで・・・
_____この雨が止んでしまうまで・・・
_____もう少しだけ_____
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