蛍 草
         何時からか、あの者を眼で追うようになっていた。それに気が付いたのは何時のことか・・・         それさえも分からない程ごく自然に視線で追っていた。長衣が揺れる衣擦れの音・水晶を操る         繊細な指先・擦れ違う時に薫る香り・夜を写す漆黒の髪それらが私の胸の内を騒がせる・・。な         のに・・・・         「・・・さま。・・・・・ジュリアス様。」          心の世界に入っていた私は、名を呼ばれ現実に戻る。         「どうか、なさいましたか?ジュリアス様・・・・」         「いや、何でもない。」          今は会議中だ。己の想いなどを思っている場合ではない・・・会議に集中せねば。         「クッ・・・・」          私の向かいに座っている者の嘲笑が聞こえてくる。         「何だ?何か言いたいことでもあるのか・・・・クラヴィス。」           「いや、別に・・・」         「言いたいことがあるのならばはっきり言ったらどうだ。」         「執務のし過ぎではないかと思ってな、首座殿。」                クラヴィスに言われた言葉にズキリと心が悲鳴を上げる。         「執務をしない者がいるのでな、しなくてもいい執務がその分回ってくるのだ。次席殿。」                  違う。こんな事が言いたいのではない・・・なのに心とは裏腹につい憎まれ口を叩いてしまう。         私はもっとクラヴィスに歩み寄りたいのに・・・・         「フッ、しなくても良い仕事はしなければいいのではないか?しすれば首座殿の片腕がしてく          れるであろうよ・・・」         「自分の仕事を他人に押しつけてのうのうと生きていられるほど私は厚かましくはないのでな」          自分の口から出る言葉に嫌気が差す。なぜ、この様な言葉ばかりが出てくるのだろう・・・。も         う少しリュミエールの様に優しく言えたのなら・・・マルセルの様に素直に言えたら・・・こんなに         もクラヴィスとの距離は離れなかっただろう。今のこの様な私でなければクラヴィスの近くに         も居れただろうに・・・・。          その日の会議は、最悪の幕切れとなった。          次の日、私は独り執務をする。私にはこれしか能がないのだ・・・人と上手く接することも出来         ず想いも伝えることの出来ない私にはこれしか人に誇れることがない・・・。          手を休め、背後の窓を開け眼を休める。その時上から黒い羽根が舞い落ちてきた漆黒で艶やか         で・・・とても綺麗だ。私はそれをそっと手に取り胸に当てる・・・          ・・・トクン。・・・・トクン・・・・トクン。          胸が高鳴るのが分かる。それ程までにクラヴィスを愛しているのが自分でも分かる私はいつの         間にかクラヴィスと私の部屋を分けている壁へと身体を預けていた・・・隣にクラヴィスがいる。         ただそう思うだけで心が温かくなっていく・・・・。そして知らず知らずの内に掌に力がこもり漆黒         の羽根を握りつぶしてしまっていた。          ・・・・ダメだ。私は大切な物を人を傷つけてしまう・・・。どれくらい大切にして良いのか分から         ずに何時かは壊してしまう・・・。         コンコンッ・・・・          扉がノックされる。         「ジュリアス様。」         「オスカーか・・・入れ」          そっと羽根を隠し椅子に座る。         「書類を預かって参りました。」           「そうか、ご苦労であったな。」          たったそれだけの会話でオスカーは去っていこうとする。手の中にはまだ書類がある・・・         「その手の中の書類は?」         「あぁ、これですか?これはクラヴィス様に回す書類です。」          “クラヴィス”その名を他人の口から出ただけで鼓動が早くなる。   「わ、私が持っていこう・・・・」         「ジュリアス様がですか?」         「あっ、あぁ・・・・」          愚かだと自分でも思う。書類を持っていくただその経った一時の間でもクラヴィスに会いた         いと思ってしまう・・・・もうこうなってしまったら病気だ。先程決めたのに・・・。オスカーは不         思議そうな顔をして書類を私に託し去っていった。それもそうだろう誰もが信じて疑わないほど         の仲の悪いクラヴィスのところへ自分から進んで行こうなどと・・・酔狂も良いところだと思っ         ているのかも知れぬ・・・・          オスカーの靴音が完全に消えるのを待ち私は執務室を出てクラヴィスの部屋と向かった。部         屋の前で深呼吸をする。クラヴィスは部屋の中で何をしているのだろう・・・水晶球を見ているか         カードを操っているか・・・それとも、リュミエールといるか。         ・・・・ズキンッ。          心に針を刺したような痛みが走る。こんな痛み自分勝手な思いで痛がっているだけで相手に         は関係がないのにどうしてこうもクラヴィスのことを想うだけでこんなにもココロが痛くなる         のだろう。誰といようとクラヴィスの勝手なのに・・・誰の物でもない。クラヴィスが誰を思おうと         自由なのにその心に誰かが住んでいるのだろうかと思うだけで・・・・私は・・・。          何時までも扉の前で立っていることは出来なくて、また1つ深呼吸をすると私はノックをし         た。         コンコン。               「・・・・クラヴィス、私だジュリアスだ。」         「・・・・・・」         「・・・・・入るぞ」          部屋の中からは返事が無く、私は声を掛けると扉を開けて中へと入る。クラヴィスの部屋の         中は何時もの様に闇の色をしていた・・・だが、1つ違ったのは何時も締め切られている闇色のカ         ーテンがオレンジ色の夕陽の光の侵入を許している・・・。私は珍しい事もあるものだとその光の         先を追っていくと長椅子に横たわり眠りについているクラヴィスを見付けた。          先程はあんなにも姿を見たいと思っていたのにこの逃げ出したくなる衝動は何なのだろう・・・         恥ずかしくて逃げたくなる。それでも瞳を逸らさずクラヴィスを見るとまたズキンッと心に痛         みが走る。頬も熱くなる。瞳が潤む。鼓動が早くなっていく。クラヴィスを見なければ納まる         のに眼が離せない。          サイドテーブルを見るとカードが並べられている。         「カードを操っていたのか・・・」          私はクラヴィスの前にしゃがみ込み頬に掛かる漆黒の髪を後ろへするりと流す。何て滑らか         な髪なのだろう・・・まるで私の手を拒むようにするりと手の中を抜けていった・・・。オレンジ色         の夕陽がクラヴィスの頬を照らす。このままでは起きてしまうと思い私は手を翳し夕陽を遮る。         「・・・私は、そなたとこの様な時間を過ごしたいのだが・・・。ふふ・・無理だな、そなたは私を嫌っ          ているし・・・・」          到底、叶わない夢が口を吐いて出てくる。         「こんな私がそなたを好きでいることなど、そなたには分からぬだろう・・・。もう少し素直になれ          たらこんな関係にはなっていなかっただろうか・・・。私の想いが受け入れられるとは思っては          いないが・・・私がこんな性格ではなかったら、昔の幼い頃のような付き合いを今でもしていた          だろうか・・・・・」          そう言いながら涙が頬を伝ってクラヴィスの頬に落ちた。         「こんな事を今さら言っても仕方がないな・・・・悪いのは全て私なのだから・・・」          私は夕陽が夜に消え、クラヴィスの頬を照らさなくなったことを確認すると長椅子の背に掛けら         れている掛け物をふわりとクラヴィスに掛け書類をクラヴィスの執務机に置く。         「ここに書類を置いていくからな・・・クラヴィス。」          眠っているクラヴィスにそう語りかけ起こさぬように静かに部屋を出た。          ・・・・パタン。          部屋の扉の閉まる音がすると同時にクラヴィスの腕が動き右の掌で顔を覆い隠す。何も言わ         ずただ静かにクラヴィスはジュリアスの薫る(くゆる)残り香を感じていた・・・。
END
                            【クラヴィスに片思いをするジュリアス様を・・・・】をと言うリクエストを頂き書いてみまし          た。