貴方の声が聞こえない・・・・。
 
−後編−
              「ねぇ・・・知ってる?ジュリアス様、お屋敷に帰っちゃうんだって」            そんな言葉がある日私の耳に飛び込んできた。初めはお喋りな邸の者が世間話をし           ていると思っていたのだ・・・だが、以外にも聞こえてきたその話の内容は私の心を打ち           砕く物だった             「えっ!うそ・・・・。だってお屋敷の人達がジュリアス様を追い出したのに何で今              さらお屋敷に戻れだなんて言うの?」             「さぁ私も詳しくは知らないけれど・・・アレじゃない?」             「何よ・・・・」             「ジュリアス様、お綺麗だから・・・だから、人集めなんじゃない?」             「そんな酷い!」             「だってこの間、ジュリアス様のお屋敷の執事の人が来て話しているの聞いちゃ              ったんだもの」             なんと、なんと言う事だ。余りにも酷すぎる。ジュリアスの障害を認めず厄介者            として追い出した癖に見目が麗しくなったからと今度は晒す為に戻るというのか!             まるで愛玩の人形の様に・・・・っっ!             なんて酷い親たちなのだ。              「でも、ジュリアス様もそれをご承知で戻られるらしいわよ」              「なんでっ?」              「さぁ・・・・」              ジュリアスが承知で屋敷に戻るだと?              クラヴィスは拳を強く握り絞めた。手が白くなるまで力一杯に・・・拳を振るわせた              私のせいだろうか、私がジュリアスを傷つける言葉を言ったから・・・だからジュ             リアスは屋敷に帰ると言ったのだろうか・・・それならば私が              居なくなれば良いだけではないか・・・・。              クラヴィスはジュリアスの部屋へと足早に向かった。廊下から見える空はチー             プな絵の具のような色をしていた。こんなチープな空は今迄見たこと無かった。             馬鹿馬鹿しい、安っぽいこんな空は今迄見たことが無かった・・・・。              こんな事、誰か嘘だと言って欲しい・・・              ジュリアスが私の前から居なくなるだなんて              誰か嘘だと言って欲しい・・・               「ジュリアスッッ!」               勢い良く扉を開きクラヴィスは部屋の中の様子に身を固くした。ジュリアス              の心をこじ開けてやろうと開いたこの部屋は孤独で満ちていた。青い硝子細工              が陽の光に反射して部屋を青く染めている。ただそれだけなのに・・・・。               この部屋は深海に居るように深く暗く孤独に満ちていた。               音は空気を振るわせたがジュリアスはクラヴィスが入ってきたのには気が付              かず・・・ただ“ひた”と空を見つめるばかりでこちらを振り向きもしない・・・               「ジュリアス・・・・」               もう一度ジュリアスに声を掛けようと思った時、ジュリアスの視線が動いた。              その視線の先にはチープな青空に突き抜ける様に・・・白い線を描くように飛ん              でいる鳩の群・・・一糸乱れぬその動きは1つの線の様に青空に広がっていた。               「ジュリアス」               クラヴィスはジュリアスの背後に回り肩に手を置く。するとジュリアスはゆ              っくりと振り向きクラヴィスを見上げた。               (何かあったか?その様に恐い顔をして・・・・)               「大ありだ。ジュリアス聞いたぞ!何故お前は今さら邸に帰るだなんて事を                承諾したんだ!私が居るからか?私が鬱陶しいからか?そうなんだろう?                ジュリアス!」                     語気も荒く詰め寄るクラヴィスにジュリアスはすっと人差し指をクラヴィ               スの口元に伸ばした。               (違う・・・違うのだ。クラヴィス・・・その様なことは・・・)               「無いと言えるか?この前私が酷い言葉をお前に言ったからだろう?お前が                この邸を出ていくことは無い・・・私が出ていけば良いだけの話・・・」               (ダメだ!クラヴィス・・・・)               「何故?お前は私と共に居たくないのだろう?それならばどちらも一緒で                はないか・・・」                違う!違う!違う!クラヴィスと一緒に居たくないだなんてそんな事は微               塵も考えた事はない。私の想いが汚いから・・・・だからクラヴィスと一緒に居               れないだけ・・・・。クラヴィスと離れる・・・・それは私が出ていくのとクラヴィ               スが出ていくのは同じことだが大きな違いがある・・・それは・・・・                私の知っているところで私の知っている者と暮らすクラヴィスと・・・・                私の知らないところで私の知らない者と暮らすクラヴィス・・・・・                この2つには大きな違いがある・・・。クラヴィスを自由にしなければと自分               が言っている癖に開いてみればこの己の想いの醜さといったら・・・・。自分の               醜さに涙が出てきた・・・・どうして綺麗で居られないんだろう・・・               「ジュリアス・・・・ジュリアス。頼む泣かないでくれ・・・お前に泣かれると死に                そうな程胸が苦しくなる・・・・」                ジュリアスは自分の感情とは関係なく涙を流していた・・・。               「頼むから・・・・泣かないでくれっ」                ジュリアスの涙は止まることを知らなく・・・流れ続け・・・それに耐えられな               くなったクラヴィスはジュリアスを抱きしめた。                お互いの胸の音まで聞こえる距離。                クラヴィスの背に流れる漆黒の髪をそっと触れた。                ・・・・・・・・・側にいて。                「ジュリアス、私が居るのがそんなに嫌なのか?この間私が言ってしまっ                 た言葉がお前を苦しめているんだな」                (違う!そうじゃない!!)                頭を振ってジュリアスは否定する・・・・。                「じゃぁ何が・・・・・」                クラヴィスの痛いほどの抱擁にジュリアスはポツリポツリと説明する。ど               うせ離れるのならば全てを言ってしまえばと・・・・                ・・・・・・・背中越しにクラヴィスが他の者のと喋るのを見た事                ・・・・・それがとても羨ましかった事                そして気が付いた事。クラヴィスと何時も話をしていたつもりだったが               【声】が出ていなかった事・・・・・                クラヴィスが私の唇の動きだけで何を話しているのかを察して話をしてい               たことを今さらながらに思い知った。                クラヴィスが普通に接してくれているから                他の人が見せないような【戸惑い】を感じさせず接してくれていたから・・・               私は自分が【喋れない人間】だと言う事を忘れていた・・・・。それを知った時               の恥ずかしさと喪失感。                私は何も・・・・知らなかった。                知らずうちにクラヴィスを縛り付けて・・・・。                知らずうちにクラヴィスに負担をかけていた・・・・                 (クラヴィス・・・・ごめんなさい)                長い睫毛をふるふると振るわせながら身体を離し面を伏せる                (今迄、私に付き合わせてしまって・・・。クラヴィスは今迄通りここで暮ら                 していて・・・私が居なくなるから)                「何故だっ!何故そんなことを思う私に負担をかけていたなど・・・・っ。そ                 んな事は一度も無いのに!ジュリアスッ」                ダメだ。クラヴィスの言葉に甘えてはいけない・・・クラヴィスは優しいから               こう言ってくれているだけ・・・。決して私の想いと同じと言うことは・・・                ジュリアスの心は悲しく沈み込みクラヴィスの本当の想いも伝わらなかった。                                もういい・・・・・。クラヴィスそんなに優しくされるとかえって惨めになって               くる。                ・・・・・・最後に                最後に言ってしまおうか・・・・・                クラヴィスを本当に失う言葉を                      ジュリアスはすぅっと息を吸うとクラヴィスと視線を合わし綺麗な唇を開               いた。                (クラヴィス、私はもうそなたと共には居れない・・・・。私はもう随分前か                 らそなたを友達や家族としてではなく・・・・・1人の人間として“愛して”                 いるから)                クラヴィスの息を止める音が聞こえてきそうだった。それ程クラヴィスは               驚きに満ちた顔をしている。これで【終わったんだ】と思った。自分とクラ               ヴィスの【可哀想な関係】は・・・・                これ以上は側には居られなかった。また泣きそうだったから・・・・。惨めら               しく・・・・汚らしくクラヴィスに泣き縋ってしまいそうで私はクラヴィスから               身体を離し立ち上がりドアノブに手をかけた・・・・その時に身体中に痛みが走               った。締め付けられるような痛み・・・・これは・・・・               「ジュリアスッッ!」                クラヴィスが私を背後から抱きしめていた。力の限り・・・強く。強く。どう               して?正面を向かせて私の頬に手を滑らす・・・そして               (んぅっ!)                キスをされた。唇が熱い・・・・。唇と唇が合わさるだけなんてものではなく               絡め取られて全てを奪われそうな熱い、熱い大人のキス。初めてで・・・恐い。               「すまない、ジュリアス。いきなりこんな事を・・・・。お前の言葉が嬉しくて」                嬉しくて・・・・・・?                 「私もずっとお前を想っていた。だけど・・・・言えなかったのだ。ずっと、ずっ                と私を信頼しているお前に欲情しているだなんて・・・。無垢なその笑顔を曇                らせたくはなくて・・・・必死に押さえてきたのだ。なのに・・・・あぁ、お前も                私を愛してくれていただなんて・・・・。夢のようだジュリアス」                クラヴィスは熱に浮かされたように嬉しそうに話すとジュリアスの首筋に               顔を埋めた。                チクリ                と痛みが走る。               「お前に印を付けたい。私のものだという印を付けたい・・・・。ジュリアス、                ジュリアス・・・・・愛している。私から離れるなんて言わないでくれ!出て                いくなんて言わないでくれ!」               (でも私はそなたに迷惑をかけて・・・・・・)               「迷惑?そんなものかけられた覚えはない。私に迷惑をかけると言うなら私                の前から居なくならないでくれ・・・・」               (じゃあ、私は側にいても良いのか?私は喋れないんだぞ、背中合わせでは                喋れないぞ。呼ばれても気が付かず苛つかせるかも知れない思っているこ                とが伝わらなくてイライラするかもしれない・・・それでも良いのか?)                ジュリアスは言われる前にまるでその言葉に慣れてしまおうとでも言う様               に自分を傷つける言葉を並べる。               「何も問題はない。お前が喋れない、聞こえないなんて言う事は何も問題は                無い・・・・ジュリアス・・・そんなに自分を責めるな・・・・可哀想な人間なんだと                思い込むのは止めるんだ・・・・私にはお前が必要だから・・・だから側に居て欲                しい・・・・それだけでは駄目なんだろうか・・・・」                愛している。                それだけではいけないのだろうか・・・・               (駄目じゃない!クラヴィス駄目じゃない!)               「ジュリアス、じゃあもう出ていくなんて言わないな。」               (うん、うん・・・・)                クラヴィスはジュリアスの腰を抱きより深く抱きしめ合おうと身を寄せる。               ジュリアスを確かめるように首筋に顔を埋め頬を擦り寄せる・・・・。                 するとジュリアスがピクッと身を振るわせクラヴィスから少し身体を離し               た。                      「・・・・・どうした?」               (・・・・クラヴィス、わ、私はこういう事に慣れていなくて・・・・。あの、その                何というか・・・・・恐いのだ。だから・・・・いきなり・・・・その・・・・)                顔を真っ赤にしてしどろもどろになっているジュリアスは初々しくて可愛               らしくて今すぐ全てを奪ってしまいたい衝動に駆られる               「悪かったな・・・・嬉しくて少し性急になりすぎたかもしれないな・・・・。少し                ずつ【仲良く】なっていこうかジュリアス・・・・」               (・・・・仲良く?私とクラヴィスは充分仲が良いではないか・・・・)               「クッ・・・・分からぬなら良い」                人が悪いクラヴィスは笑みを浮かべてジュリアスの頭を胸に抱いた。ジュ               リアスは【仲良く】の言葉の意味を突き止めようと藻掻く。                  青い                青い                チープな空は何時しか変わり                青とオレンジと紫の美しいグラデーションと変わり一日2人を見守って               いた太陽は2人のこれからを安心したように眠りについていった・・・                また、明日も2人を見守る為に・・・・・・                                                                                              
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