シンビジウム
              ・・・・私が今居るところは薄暗く狭い小屋の中だ。この小屋は森の中にあり普              段は誰も使っていないことから誰もが知っている小屋ではないと私と共に小屋              にいる者が言う。               外はこの小屋のか弱い窓が叩き割れてしまうのではないかと言うくらい激し              い豪雨に見舞われている。豪雨と言っても走って帰れぬ事もない。だがしかし              私がそれをしないのには理由があるそれは・・・・・この小屋を出たいという自分              の意志に反してこの扉のドアが開かないからである。押しても引いても叩いて              も一向に開かない・・・か弱い窓はと思ったがこの窓はどうやら飾り窓のようで              開かない。かれこれ、5時間ほど居ることになる・・・どうしてこういう事になっ              たか。どうしてこの人物とこの小屋に居ることになったのか、その訳は昨日に              遡る・・・・。               ジュリアスが熱を出した。常日頃から自己管理には五月蝿いあのジュリアス              が熱を出したのだ。「大丈夫か?」と私が聞けば熱の苦しさで喘ぐジュリアス              は気丈にも「・・・心配をかけてしまってすまない。大丈夫だ」と言った。               どうしてこのジュリアスが熱を出すことになったのか理由を聞いても黙り込              むばかりで決して話そうとはしない・・・・私はジュリアスに聞くのを諦め他の者              に聞くことにした。               「オスカー、お前はジュリアスが何故熱を出したか腹心と言われるお前がま                さか知らぬ訳ではあるまいな」               不本意ながらもクラヴィスは“ここはジュリアスの為だ”と自分を納得させ              てオスカーに問いただした。               「知らぬ訳ではありませんが・・・・」                                オスカーは何故かそう言葉を濁した。               「ジュリアス様にくれぐれも“言うな”と言われておりますので」                この男なら必ず言うであろうと思うことを言った。全く、毎度毎度同じこ               とを他の言葉のレパートリーはないのか・・・・。私はオスカーにほんの少しだ               けの微々たる威圧の視線を向けると怯えたように肩を竦める。いつぞやの報               復が堪えているのだろう・・・・               「こ、このところ執務も忙しく・・・明日の準備にも忙しく・・・無理をなさって                体調を崩されたようです」               「明日の準備だと」               「は、はぁ」               「一体何の準備だ。」               「えっ、それは・・・・」                視線を空に彷徨わせて戸惑うオスカー。               「言え」               「ぐっ。クラヴィス様の誕生日の準備です」                               そう言えば、明日が私の誕生日だったような気もする。この歳になれば別               段誕生日と言う物もいらないだろうと思うがそんなことの準備のためにジュ               リアスは体調を崩したのか・・・・               「今、私がお前に聞いたことは聞かなかったことにしてやる・・・行け」                             クラヴィスが“行け”と言うのは“もう良い、去れ”と言うことである。               オスカーは絶対的に合わないクラヴィスから逃れ去っていった。               「そうか・・・・ジュリアスめ可愛いことをしてくれる。だが、身体を壊すよう                な真似はして欲しくなかったな・・・」                その夜、薬と注射を打たれグッスリと眠るジュリアスを看病しながらクラヴィ               スは朝を迎え11月11日を迎えた。以前、微熱が残るジュリアスだが昨日               よりは体調がいくらかましになった。だが油断してはまた熱が上がるだろう               とジュリアスは夜まで寝かせておくことにした。                そして、リュミエールが話があるからとこの小屋に呼ばれたのだった。話               というのは何となくは分かっていた。リュミエールが自分を慕っていてくれ               ることは随分前から気が付いていた・・・だが、私にはジュリアスがいる。今の               今迄リュミエールの気持ちには気が付きながらも気が付かないフリをしてい               た。だが、そのリュミエールが行動を起こしたのだ。ここらでケリを付けさ               せてやった方が良いと思いこの小屋に来たのだ・・・                「クラヴィス様、お越し頂いてありがとうございます・・・あの・・・その・・・私                 は・・・」                  俯きしどろもどろにリュミエールは言葉を選び話す。                「リュミエールお前の気持ちは嬉しいが、私にはジュリアスという生涯を                 共にと誓った相手がいる。お前の気持ちには答えられないすまない。」                私の言葉に弾かれたように顔を上げる。                「クラヴィス様、私の気持ちを知って・・・・」                「あぁ、気が付いていた。だが、何も出来なかった・・・お前の気持ちを知っ                 ていってそのままにしておいた。すまなかった・・」                「そんな、謝らないで下さい。クラヴィス様、私は・・・・伝えられただけで                 も満足なのですから・・・」                そして沈黙が流れる。息を大きく吸い込む音がしてリュミエールが口を開               いた。                「クラヴィス様、ジュリアス様といらっしゃって何か得することとかお有                 りなのですか」                やっかみ半分、意地悪半分。いつもなら絶対言わない様なことをリュミエ               ールは口にしていた。クラヴィスは静かにリュミエールを見つめ口を開く。                「人を愛すると言うことは損得なしに相手を思えることではないのか・・・自                 分の気持ちを有り難いと思って欲しいとか、自分が想うだけ返して欲し                 いとかそう言うものでは無いと思う・・・。」                そこまで言うとクラヴィスは床に腰を下ろした。手招きをして近くに座れ               と言う・・・そこでは寒かろうと・・・                「なんの見返りもいらない。ただ自分の愛する者が何時も幸せであるよう                 にと願う・・・私がジュリアスを愛すると言うことはそう言うことだ」                クラヴィスはそこまで言いきるとリュミエールを見た。                「そう思わないか?リュミエール」                「えぇ、そうですね」                自分の言ったことを今さらながら恥じていた。嫉妬にかられ自分は何と言               うことを言ってしまったのだろう・・・と                「お前にも何時かそう言う相手が見つかるだろう・・・。もういるかも知れな                 いただ、気が付いていないだけで・・・リュミエール。もっと広く世界を広                 げてみるがいい・・・きっとその人物が分かるだろう・・・・」                そう言うとクラヴィスは立ち上がりまた小屋の扉のノブを回した。                「これは外の扉の横にある何かが倒れて開かなくなっているのだな・・・。」                  溜息混じりに空を見上げると先程よりも雨足は酷くなり数メートル先も見               えないほどだ。                「不味いな、びしょ濡れになってしまう・・・・」                「何がですが?」                「ジュリアスだ」                「まさかこの雨の中を・・・」                               リュミエールは息を呑んだ。だってジュリアスは昨日熱を出し倒れたはず               だ。今日もやっと熱が下がったという・・・なのにこんな天気の中外に出たりで               もしたら・・・・どうなることか                「・・・・それでも、私をこの雨の中捜しているだろう。そう言う奴なのだ私                 の為ならと・・・私の行方が知れなくなってじっとしてられる者ではない。                 例え自分の身体がどうなろうと・・・私を捜しているはずだ。」                行方が知れなくなったら、王立派遣軍の者にでも任せておけば良いのに・・・               この天気の中、あの身体で探し回っているだなんて・・・。日頃から、健康管理               には気を付けるように言っておいて・・・自分がどうなっても良いだなんて・・・                              「リュミエール、今声がしただろうっ!」                                クラヴィスがそう聞いて来るがリュミエールには激しい雨音しか聞こえて               こないこの豪雨の中声を出したとしてもこの雨音に消されてしまうだろう                だがクラヴィスは扉に耳を傾け、次の瞬間には叫んでいた。               「ジュリアスッ!ジュリアスッ!ここだっ」                扉を叩きながら叫ぶクラヴィスにリュミエールは雨の中、相手を思う余り                幻聴でも聞こえたのではないかと思っていただが・・・               ガタッ・・・ガタッ・・・・                と音がしたかと思うと                       カチャリ                と扉が開いた。その間から、おずおずと顔を出したのは               「ジュリアスッ!」                黒いフード付きのコートを着たジュリアスがそこにいた。クラヴィスの姿               を確認すると両手を広げて抱きついた。               「クラヴィスッ、クラヴィス、クラヴィス、クラヴィスッッ」                お互いの事を確認するかのように抱き合う2人はそれは美しかった。泣きな               がら探していたのだろうか・・・ジュリアスの瞳から雨の跡でもない綺麗な涙珠               跡が付いていた。この雨の中を・・・自分の身体も省みず・・・。               「すまない・・・心配をかけた」                               クラヴィスの謝罪の言葉に対して涙で声も出ないジュリアス。リュミエー               ルは扉の向こう側から明かりを持った人々が近付いて来るのを確認するとそっ               と小屋を出た。小屋の外には王立派遣軍の者達が雨具を着て立っていた。リ               ュミエールは彼らからコート、カサ、明かりを手渡されると               「クラヴィス様とジュリアス様は中にいらっしゃいます。後1時間ほどした                ら迎えに来ましょう」                王立派遣軍の者達は“何故ですか”と聞いてきたが、リュミエールは「お               話しがあるそうです」と微笑を浮かべながら答えた。そして、小屋を後にす               る。               「人が人を想う気持ちとは、本当に美しいですね」               「何か、仰いましたかリュミエール様。」               「いいえ、何でもありませんよ」                冷えた身体に冷たい雨、だがこの心が温かくなる気持ちは何なのだろう。               人が人を愛すると言うことは本当に素晴らしいことだと思う。自分も誰かそ               う言う相手が出来るのだろうか・・・。                リュミエールはそう考えながらも、家路に着いた。                「クラヴィス、身体は冷えてはいないか?大丈夫か?」                まだ涙に濡れた声でジュリアスは甲斐甲斐しくもクラヴィスにタオルやコ               ートを渡してくる。                「私よりもお前の身体の方が心配だ。まだ微熱があるのに・・・風邪を引いて                 拗らせでもしたらどうする・・・」                自分のことよりもジュリアスの濡れた髪を拭く。                「ジュリアス、お前火は持っているか?」                「火?火なら持っている。もしもの時を考えて持ってきたのだ・・・。」                ジュリアスはごそごそとカバンの中を探してクラヴィスに手渡した。                「どうするのだ?一体」                「火を熾そうと思ってな・・・」                「そんな事をしたらこの小屋が燃えてしまう」                必死に縋るジュリアスをクラヴィスは一笑した。                「この小屋を燃やすのではない。あそこに分厚く大きな空の水瓶があるだろ                 う灰の入った袋もあるからそこらに落ちている小枝に火を付けようと思っ                 てな・・・・」                「あぁ、そうか」                「差詰め、巨大な香炉の様な物と言ったところか」                「ふふ・・・本当に巨大だな」                    ここで初めてジュリアスの顔に笑顔が戻った。クラヴィスはその顔に安心               したかのようにせっせと支度を始める。火を付けたクラヴィスが手招きをし               クラヴィスの傍らに腰を下ろす。パチパチと小枝が弾ける音だけが小屋の中                を占領する。                「折角色々と用意したのに・・・そなたの誕生日が台無しになってしまった」                力無くクラヴィスの肩に頭を預ける。                「私のために色々と準備をしてくれていたらしいな・・・ジュリアス。その為                 にお前が体調を崩したとも聞いた。すまなかった・・・」                「いいのだ、私の事は・・・クラヴィスが無事で本当に良かった。」                本当に安心したのだろう、またジュリアスの声が涙で濡れてきた。                「泣くな、ジュリアス・・・」                瞼に唇を落とし涙を飲み込む。                「行方が知れないと王立派遣軍の者が言っていたのを聞いて居ても立って                 も居られなくなったのだ。皆に止められたのだが振り切って出てきてし                 まった・・・」                その時の自分の振り乱しようを思い出したのかジュリアスは顔を赤らめた。                「・・・・皆に顔を合わせるのが少し恥ずかしい」                「私は嬉しい、お前がそれだけ私を想っていてくれると言うことだからな」                クラヴィスの言葉にまた顔を赤くした。甘い雰囲気を崩すようにジュリア               スが「あっ」と声を出した。                「そうだ!カバンの中に確か・・・」                そう言ってカバンをあさり何やら中から出してきた。                「パーティーの席にあった物を持って来たのだ」                ジュリアスの手の中にあったのはカップケーキと1本の小さな蝋燭。                「こんな物では嫌だろうが、もうすぐ時が変わってしまうから・・・。」                “そうしても、今日中におめでとうと言いたかったのだ”と消え入りそう                な声でジュリアスは呟いた。                「嫌ではない。ジュリアスありがとう・・・」                 クラヴィスは感謝の意味を込めてジュリアスを抱きしめた。そして、唇                に唇を落とす。ほんのりと頬を赤らめたジュリアスは小さな蝋燭に火を付                けカップケーキにさした。ほわっと小さな灯がともり暖かな光で2人は包                まれる・・・                「クラヴィス」                「ん?」                「誕生日おめでとう・・・」                                   クラヴィスの香を確かめながら胸に頬を擦り寄せてジュリアスは幸せそ                うに瞳を閉じた。                「ありがとう・・・ジュリアス」                 ジュリアスの身体を優しく抱きしめた。                 今居る場所が狭く暗い小屋でも                   2人が共にいて小さな灯がともればそれだけで幸せ。                 相手が側にいるそれだけで・・・・。                 2人の心は温かい。
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   シンビジウムは11月の誕生花です。花言葉は「飾らない心」   シンビジウムの別名としては、美花蘭と言う名前もあります。